佐藤友哉『フリッカー式 鏡公彦にうってつけの殺人』を読んだ。

「黙れ!」僕は叫んだ。そして血で濡れた床を血だらけの拳で思い切り叩いた。「何なんだお前達は」憎しみよりも何よりも、この理不尽さに腹が立っていた。「人の物語に土足で入りやがって……。これは僕の話だ、そうだろう! 勝手に入って壊すなよ!」
「それは違うね」
大槻の声に乱れはなかった。
「何が違う……」
「確かに君の主観で見れば、この事件は君の物語だ。でもね、僕の主観では、これは僕の物語だ。それと同じように藤堂友美恵の視点で語れば藤堂友美恵の物語だ」
──佐藤友哉フリッカー式 鏡公彦にうってつけの殺人』

そう。だから、ここからは僕の物語だ。
白濁した浴槽に並々と注がれた生温いそれに身体を深く沈めると、滑らかな粒子と一緒に湯気が纏わりついて、やがて足の小指が、脹ら脛が、太腿が、陰茎が、臍が、鎖骨が次々に泡沫となって天井に貼り付いた瞬間、僕は首から上だけの存在になったように感じて感度全壊100%。冴え渡る意識が万能感を与えて、神になって昇天した後に襲う寒気と倦怠感が心地よく僕を崩れさせて終わる。
風呂にのぼせたような読後感。自殺。輪姦。暴力。快楽殺人。監禁。近親相姦。死姦。倒錯。お兄ちゃん。そのすべてが記号で、登場人物がそれぞれに物語を語り出す鏡家サーガとして小さな物語へ帰結していくのは、第三世代オタク的作家(?)としては既決で、だから大塚英志東浩紀らと(し)絡みがあるのは危険で。
好きだけど、好きになっちゃうと面倒臭いんだろうな、みたいな。

フリッカー式 鏡公彦にうってつけの殺人 (講談社ノベルス)

フリッカー式 鏡公彦にうってつけの殺人 (講談社ノベルス)