読書
きょうも依然としてユニフォームなし。本当にこのままビブスをユニフォームにしてしまえばいいのだ。アルゼンチンの名門クラブ、リーベル・プレイトは、創設当時、目印に赤いタスキを掛けていたのがそのまま、白地に赤い斜めの帯が走るといういまのユニフォ…
今でも呼吸するように思い出す。季節が変わるたび、一緒に歩いた風景や空気を、すれ違う男性に似た面影を探している。それは未練とは少し違う、むしろ穏やかに彼を遠ざけているための作業だ。記憶の中に留め、それを過去だと意識することで現実から切り離し…
「……電気」思い出したように立ち上がった津奈木の背中を見上げながら、「あんた、ブレーカーあげるために停電にしてるわけじゃないよね」とあたしは尋ねた。津奈木は少しだけ考えたあと「そんなややこしいことしない」と静かに言い切った。 当たり前だ。 ク…
ふと沈黙が流れて、「上で、知り合いが待ってるんです」と、唐突に二人に告げた。訊かれたわけではなかったが、観光名所の行列に一人で並んでいる自分を紹介するのに、一番てっとり早いような気がした。 実際にはビクトリアパークで待っている知り合いなどい…
「そんなに簡単に、簡単な人間に戻れると思いますか?」 「簡単な人間って言い方はどうかと思う」 「楽しい事を楽しい事と感じたり、悲しい事を悲しい事と感じたり、腹立たしい事を腹立たしいと感じたり、そういう一足す一は二、っていうような人間の事です…
明日を飲み込んでくれる熊などいないことも、手軽な希望などないことも、知っていた。それでもここからまた一つずつ積み上げていくしかない。生きるというのはそういうことなのだろう、たぶん。 私は枕元のライトに手を伸ばした。 すべての明かりが消えてし…
『LOVE LOVE LOVE』じゃロックンロールは歌えないだろ? おれは言う。ゼロ地点での演奏会は続いた、と。カナシーがリクエストしたのだ。わずか二回の応答で、それは決定された。 「一曲だけじゃないでしょう?」 「なにが?」 「ロックンロール。自作の」と…
私の目の前に広がっていた森には肉を喰らう怪物がいるという伝説があったのですが、その先へ進まないことにはお家に帰るしかありませんでしたし、お家には僕の机も、料理も、ベッドもなかったような気がしていましたから、隣にいた女の子と一緒に森へ進んで…
「黙れ!」僕は叫んだ。そして血で濡れた床を血だらけの拳で思い切り叩いた。「何なんだお前達は」憎しみよりも何よりも、この理不尽さに腹が立っていた。「人の物語に土足で入りやがって……。これは僕の話だ、そうだろう! 勝手に入って壊すなよ!」 「それ…
まー君の精神の暗がりを、僕はほんの少しも現実的には想像してはいなかったのだ。僕がその後で本当に見つけたものは、もっとずっと地味でシンプルで、もっとずっと暗くておぞましいものだったのだ。 ──舞城王太郎『熊の場所』 僕がこの小説を語るとき、それ…