古川日出男『LOVE』を読んだ。

『LOVE LOVE LOVE』じゃロックンロールは歌えないだろ?

おれは言う。ゼロ地点での演奏会は続いた、と。カナシーがリクエストしたのだ。わずか二回の応答で、それは決定された。
「一曲だけじゃないでしょう?」
「なにが?」
「ロックンロール。自作の」とカナシーが訊いた。
「もちろん」と秋山徳人が答えた。
──古川日出男『LOVE』

そしてフルカワヒデオのロックンロールは続く。品川。白金。目黒。五反田。それぞれの地点で、それぞれのロックンロールが続く。同棲していた男に逃げられたオフィスレディが、高速道路の下で歌うフリーターが、自転車が親友の男の子が、都営バスに乗り続ける女の子が、厨房を持たないシェフが、猫を追いかけるおばあちゃんが、中国マフィアを仕切るチンピラが、その他大勢が、歌う。歌っている。それはくるりのロックンロールと同じで響かない。福島のロックンロールも、京都のロックンロールも、トウキョウには届かない。
トウキョウ生まれメロコア育ちの僕のiPodから聴こえるロックンロールは例えばこんな。

I'm just a band man, not a superstar.
So, I keep showin' up.
Doin' what I'd do.
(訳詞)
僕はただのバンドマンで星なんかじゃないからね
だからステージに上がり続けて僕は僕の歌を歌うだけで
──COMEBACK MY DAUGHTERS『BITE ME』

LOVE

LOVE

Spitting Kisses

Spitting Kisses

舞城王太郎『阿修羅ガール』を読んだ。

私の目の前に広がっていた森には肉を喰らう怪物がいるという伝説があったのですが、その先へ進まないことにはお家に帰るしかありませんでしたし、お家には僕の机も、料理も、ベッドもなかったような気がしていましたから、隣にいた女の子と一緒に森へ進んでみることにしました。その森の中で僕は彼女だけでなく、何人もの女の子が、喉を刺されたり、目を潰されたり、足をもがれたりしながら、殺されていくのをただ見ていました。そして、今、僕の隣にはふたりの女の子がいます。

最後 最後 お前が 最後
一番 苦しい 一番 痛い
辛い 悲しい 厳しい 険しい
殺す 殺す ゆっくり 殺す
最後 最後 死ね 死ね 死ね
お前は誰だ 名前は何だ
今すぐ教えろ 今すぐ教えりゃ
殺すのちょっと 待ってやる
苦しみちょっと 減らしてやるよ
お前で最後 どうせ死ぬ
必ず殺す お前も殺す
ゆっくり殺す じわじわ殺す
手と足切って 頭をもいで
お腹を割って 中身を出して
じっくりゆっくり 死なせてやるよ
なかなか死ねない お前を眺めて
げらげらへらへら 笑って踊る
楽しみ楽しみ 苦しめ苦しめ
死ね死ね ゆっくり 死ね死ね死ね死ね
──舞城王太郎阿修羅ガール

まだ死ねそうにありません。

阿修羅ガール (新潮文庫)

阿修羅ガール (新潮文庫)

佐藤友哉『フリッカー式 鏡公彦にうってつけの殺人』を読んだ。

「黙れ!」僕は叫んだ。そして血で濡れた床を血だらけの拳で思い切り叩いた。「何なんだお前達は」憎しみよりも何よりも、この理不尽さに腹が立っていた。「人の物語に土足で入りやがって……。これは僕の話だ、そうだろう! 勝手に入って壊すなよ!」
「それは違うね」
大槻の声に乱れはなかった。
「何が違う……」
「確かに君の主観で見れば、この事件は君の物語だ。でもね、僕の主観では、これは僕の物語だ。それと同じように藤堂友美恵の視点で語れば藤堂友美恵の物語だ」
──佐藤友哉フリッカー式 鏡公彦にうってつけの殺人』

そう。だから、ここからは僕の物語だ。
白濁した浴槽に並々と注がれた生温いそれに身体を深く沈めると、滑らかな粒子と一緒に湯気が纏わりついて、やがて足の小指が、脹ら脛が、太腿が、陰茎が、臍が、鎖骨が次々に泡沫となって天井に貼り付いた瞬間、僕は首から上だけの存在になったように感じて感度全壊100%。冴え渡る意識が万能感を与えて、神になって昇天した後に襲う寒気と倦怠感が心地よく僕を崩れさせて終わる。
風呂にのぼせたような読後感。自殺。輪姦。暴力。快楽殺人。監禁。近親相姦。死姦。倒錯。お兄ちゃん。そのすべてが記号で、登場人物がそれぞれに物語を語り出す鏡家サーガとして小さな物語へ帰結していくのは、第三世代オタク的作家(?)としては既決で、だから大塚英志東浩紀らと(し)絡みがあるのは危険で。
好きだけど、好きになっちゃうと面倒臭いんだろうな、みたいな。

フリッカー式 鏡公彦にうってつけの殺人 (講談社ノベルス)

フリッカー式 鏡公彦にうってつけの殺人 (講談社ノベルス)

舞城王太郎『熊の場所』を読んだ。

まー君の精神の暗がりを、僕はほんの少しも現実的には想像してはいなかったのだ。僕がその後で本当に見つけたものは、もっとずっと地味でシンプルで、もっとずっと暗くておぞましいものだったのだ。
──舞城王太郎熊の場所

僕がこの小説を語るとき、それは小説を読んでいた状況から語らなくてはいけない気がした。医療費控除に躍起なおばちゃんを横目に確定申告を適当に終えた僕をピカーンとただ青いだけのそれが覆ってる。ただ青いだけのはずなのにガラス越しにはキラーンとしてみえてそこだけ意識が霞んで僕は眠たくなる。そこで単行本から視線を外すと、ヴィトンのバッグがひとつ。そこから零れ落ちたミスタードーナツのポイントカードの横に真っ赤なエナメルのパンプスがふたつ。エナメルのピカーンは人工的で、その上にある彼氏を見つめながら笑う彼女の微笑みをセール品みたいに照らす。そのときの僕といったらいつもこんな調子だった。心のベストテン、第一位はこんな曲だった。

All my life.
Fallin' down.
All my soul.
Fallin' down.
I think I can't help it.
(訳詞)
僕の人生が崩れ落ちていく
僕の魂が崩れ落ちていく
仕方がないんだ
──ASPARAGUS『FALLIN' DOWN』

この小説を読み終えた帰りに僕が見たもうひとつの真っ赤なパンプスは酷く汚れていた。彼女はひとりだった。ピッコーン! 何にも閃かない。

本当はもう何もかも意味なんてないように見えるし何もかも意味がなくなったように感じられる。わたしは哲也を失ったままなのだ。そしてこれからもわたしは哲也を失いつづけるのだ。(中略)そしてそれに慣れていくのだ。それに慣れていくことをわたしは受け入れていくのだ。
──舞城王太郎『ピコーン!』

熊の場所 (講談社文庫)

熊の場所 (講談社文庫)

TIGER STYLE

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